こんにちはらおです。
最近すっかり寒くなってきましたね。体調など崩していませんか?
寒いを通り越して東京では雪が降りましたね驚きです。
今回は天気も寒いが僕の気分も寒くなった話です。
タイトルにもある通りスマホがぶっ壊れました。
これはねかなりへこみましたよ、僕もスマホも(笑)……
まあ勝手に壊れたのではなく、自分の不注意からなんですよ。
風呂上りで髪の毛をドライヤーで乾かしているとき、化粧水のボトルを画面に落としてしまうという失態をしてしまいました。
はいわかってます、僕が悪いんです僕が、散々周りからも言われたので勘弁してください。
ではスマホが壊れて使えなかった期間僕が感じたことをまとめてみます。
意外となくても平気
まず思ったのがこれ、後にも書きますが、壊れた瞬間はほんとに落ち込みましたが、スマホがない生活を久しぶりに体験しましたが意外と平気、
連絡なんかはLINEが使えないけど、パソコンでメールやtwitterなんかで連絡取れるし。
何よりスマホに時間をとられないので読書がはかどるマジではかどる、
ちなみに読んだ本はこれ
新ガラクタ捨てれば自分が見える [ カレン・キングストン ] 価格:689円 |
この本のレビューも近いうちにやりたいと思っています。
スマホへの依存度
これが一番の学びかも。
ぶっ壊れた瞬間の絶望感、焦燥感はマジでハンパなくて、一人で「なぜだ、なぜなんだー!!」と洗面所で絶叫してしまった。
一通り焦りまくった後の賢者タイムにふと思ったのが、
「たかがスマホで何でこんなに感情的になっていたのか、ただの電子機器ではないか」
スマホの消失=KONOYONO OWARIみたいな公式ですよね(某有名バンドにけんかを売る)
これはスマホに支配されているということの現われだと思いました。
実際スマホがなかった2日間通学途中の電車内を見回してみても、
スマホ、スマホ、スマホ、スマホ、スマホ、スマホ、
みんな画面とにらめっこしとるやないか!ユビキタス社会の体現だなと、まるでスマホに支配されているようだ、スマホが使えないことによって俯瞰してみると、これは怖いことだなと。
どうスマホと向き合うか
最後はこれです。スマホが普及してからより簡単にオンラインに接続で切るようになり対戦便利になりました。しかしその一方スマホに支配される人が多くなってしまったという問題が出てきたと思いました。
その具体例を今回ある青年が体現してくれました。
壊れるまで自分がスマホに支配されているとはまったく思っていなかったのですが。
いざなくなってみると暇な時間が増えた。これって依存に他ならないか?
急速なスマホの普及によって今後人間がどうインターネットと向き合っていくのか、
僕自身非常に考えさせられる出来事でした。
余談
画面が割れたので本体交換になったのですが、
料金なんと”8100円” 正直もっと覚悟していたのですが思ったほど高くはなかったです。
ただ学生には厳しい出費。まあ8100円でこのことを学んだと考えればね…
ではまた